30,000人にも及ぶ無差別虐殺が繰り広げられながらも、長らく語られてこなかった「済州島四・三事件」}を題材に、母と娘の命がけの逃避行を描いた韓国映画『済州島四・三事件 ハラン』が、4月3日(金)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開を迎え、ポレポレ東中野では全回満席、大阪・第七藝術劇場も初日満席の大ヒットスタートとなりました。

この度、公開に合わせて、韓国からハ・ミョンミ監督が来日し、4月3日(金)初日にはポレポレ東中野で舞台挨拶を開催した。
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4月3日(金)、ポレポレ東中野で、映画『済州島四・三事件 ハラン』の公開初日舞台挨拶が行われた。満席となり熱気あふれるなか、韓国から来日したハ・ミョンミ監督が登壇。本作の配給を行い、名古屋の映画館シネマスコーレ代表の木全純治氏の司会進行のなか、トークイベントがスタートした。
会場から大きな拍手を持って迎えられた監督は「『済州島四・三事件 ハラン』は、昨年9月11日、あいち国際女性映画祭で日本で初めて上映され、そのときに日本の観客の皆さんとお会いしたのですが、それが素晴らしい縁となって劇場公開にまで至りました。今日、映画館にお越しいただきお会いできたことをとても意味深く感じています」と観客に感謝の思いを伝えた。
1948年4月3日、外国勢力による干渉に反発した済州島の一部島民が武装蜂起したことに端を発した「済州島四・三事件」。その後、政府は“討伐”と称して数多くの島民と虐殺を行い、1954年までに犠牲者は30,000人に及んだとされる。映画は、この「済州島四・三事件」を背景に、島に住む母アジンと娘ヘセンの命がけの逃避行を描く。
ソウル出身で2013年から済州島で暮らしているという監督は、移住の理由を問われると「2001年に済州島で短編映画を撮影して以来、心のなかに済州島への思いがありました。そしてオリジナル脚本を書こうと思ったとき、済州島で書いてみたいと思ったんです。8か月ほど滞在する予定が、気がつけば10年以上経っていました。私はソウル出身で、それまで都会でしか暮らしたことがありませんでしたが、自然に囲まれて暮らすことが新鮮で、自分の感覚が目覚めるようでした」と済州島の魅力を語った。
映画のテーマとなった済州4・3について、監督は移住するまではあまり詳しく知らなかったというが、毎年4月3日に開催される追悼記念式典で済州島の人たちがとても悲しむ姿を見て、心を痛めたという。その経験が年を追うごとに積み重ねられ、自分だけではなく、より多くの人と共有したいという思いが増した。「済州島四・三事件で犠牲になった人たちを思い、悼む場を作りたいと思うようになりました。私は映画監督で、映画を作ることしかできないので、いつか映画にしたいと思うようになりました。私にとっては2本目の長編映画で、思ったよりも早く映画化に至りました」と話した。
シナリオを書き始めたのは7~8年前。当初から母と娘の物語を構想していたという。具体化したのは2023年。そこから2年かけて完成させた。「済州島に暮らし始めて、隣人には90歳以上のおばあさんがたくさんいました。おばあさんたちと仲良くなると、おばあさんたちは幼い頃や20代の頃にはどんな生活をし、どういう経験をしていたのだろうと想像するようになりました。それを知りたくなってシナリオを書き始めました」と構想のきっかけを振り返った。
韓国政府は長らく事件を隠蔽し、真相究明に向けて動き出したのは、半世紀近く経った 2000年。韓国にとって負の歴史と言える事件の映画化についての難しさを問われると「済州4・3が映画化されたのは、韓国では12年ぶりです。よく知られている俳優さんに出てもらうことも含めて簡単なことではありませんでしたが、私はあまり恐れを知らないタイプなので、こういった映画を作れたのではないかと思います。とはいえ、大丈夫かなという不安はありました。なので最初は誰にも言わずに密かに準備をしてきました」と胸の内を明かした。
母親アジン役を熱演したのは、『無垢なる証人』や『神と共に』2部作で知られるキム・ヒャンギ。彼女をキャスティングした理由について聞かれた監督は「キム・ヒャンギさんは子役として3歳でデビューしたので、“あのキム・ヒャンギがお母さん役?”と驚いた韓国の観客は少なくありませんでした。ただ、1948年の済州島では、20代半ばで結婚・出産する人が多く、いまのヒャンギさんと年齢も近いです。済州4・3のことを考えるとき、“おばあさんやおじいさんが体験したこと”というイメージを持たれがちですが、当時はみな若かったわけです。キム・ヒャンギさんに主人公を演じてもらうことによって、いまの韓国の20代の人たちにもこの事件のことを知ってほしいという思いがありました」と説明。一方、娘ヘセン役を演じたキム・ミンチェは、オーディションで選ばれたという。「オーディションのとき、彼女は6歳でした。表情がまさにヘセンだと思いました。一般的にテレビドラマなどに出ている子役のお芝居は典型的なものが多く、少しわざとらしさもありますが、そういったものがなく、子どもなのに表情に深みがありました」と起用の理由を語った。
最も大変だったシーンについて問われると、監督は「全てです」と即答。山中のシーンなど限られた予算のなかで撮影することの苦労を口にした。「大変なことはたくさんあったのですが、なかでも一番大変だったのは、感情的なことです。あまりにも悲しい物語を描かないといけなかったので。脚本を書くときも悲しく、撮影のときも悲しく、編集をするときにも悲しくて。その悲しいという感情を管理するのが大変だったように思います」とテーマと何年も向き合い続けた思いの丈を語った。
最後のあいさつを求められた監督は、「事件で3万人の人たちが犠牲になりました。今日はまさに(事件が発生したとされる)4月3日で、済州島では当時亡くなった人たちを哀悼する記念式典があります。1948年から、今年で78年を迎えます。これほど長い間、被害者の家族をはじめ、この事件についてほとんど話すことはできませんでした。もし今後皆さんが済州島を訪れる機会があったら、済州島の土地にこういう人たちが眠っているのかもしれないということを考えていただけたらいいなと思います。今日は映画を観に来てくださって本当にありがとうございました」と伝えると、観客から大きな拍手が上がり、大盛況のうちにイベントは幕を閉じた。
舞台挨拶後には、サイン会も実施。目に涙を浮かべながら感想を伝える観客を前に、監督もつられて涙する場面も。事件を機に難を逃れて日本に渡った島民も多く、その子孫の方も多く足を運び、監督に思いの丈を伝えていた。
映画『済州島四・三事件 ハラン』
ポレポレ東中野ほか全国順次公開中
出演:キム・ヒャンギ、キム・ミンチェ、ソ・ヨンジュ、キム・ウォンジュン
脚本・監督:ハ・ミョンミ プロデューサー:ヤン・ヨンヒ 撮影:オム・ヘジョン 音楽:キム・ジヘ 音響:ムン・チョルウ 編集:イ・ヨンジョン 照明:シン・テソプ 美術:キム・ジンチョル
配給:シネマスコーレ、MYSTERY PICTURES
2025年|韓国|韓国語|カラー|119分|シネスコ|5.1ch|
(C)Whenever Studio