これはスリラーではない。近隣の国で起こっている、すさまじい現実に触れよ

 2023年のサンダンス映画祭でプレミア上映されたアメリカ映画『ビヨンド・ユートピア 脱北』(マドレーヌ・ギャヴィン監督)が、1月12日から日本で上映中だ。韓国の人権活動家であり、2000年以降に1000人以上の脱北者を支援してきたキム・ソンウン牧師を中心とするドキュメンタリーだが、登場するエピソードやシーンの数々に、目を疑い、耳を疑い、信じられないような気分になるのは私だけとは思えない。そして、こうした出来事が起こっている(起こってきた)場所が、日本とさほど離れていない、同じアジアの中にあるのだと考えれば考えるほど、こちらの気はさらに遠くなる。

 脱北に成功し、洗脳からとけて、英語を使って国際的な活動をしている者もいれば、志半ばにして北に連れ戻され、拷問などで絶命した者もいる。誰も明日のことなどわからない。命がけの脱走劇と、的確かつ簡潔な指示を送るソンウン(だって、どこで誰が見ているかわからないのだ)が、こちらの心を揺さぶる。もうひとつ、鮮やかに描き出されるのが、各地で暗躍する「ブローカー」の存在だ。日本語にいいかえれば、たぶん「仲介業」。うまくいかない場合もあるかもしれないし、そもそも、値段はあってないようなもの。だが、一縷の望みをかけて、親は、子供の脱北成功と安全を希求して、ブローカーに高い金額を払う。が、もちろん、良質なブローカーばかりがいるわけではない。幼い子ども2人と80代の老婆を含めたロー家(5人)の、あまりにも張り詰めた脱北シーンには言葉を失う。ほか、「北」の歴史が端的に説明されているのも、作品を理解するうえで非常に参考になった。

映画『ビヨンド・ユートピア 脱北』

2024年1月12日(金)TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

監督:マドレーヌ・ギャヴィン 製作:ジャナ・エデルバウム、レイチェル・コーエン、スー・ミ・テリー(元CIA)
原題:Beyond Utopia/2023年/アメリカ/英語・韓国語ほか/115分/ビスタ/カラー/5.1ch/G/字幕監修:西岡省二 文部科学省特別選定(青年/成人向き)
配給:トランスフォーマー
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公式サイト
https://transformer.co.jp/m/beyondutopia/