実話を基にした物語。時代が開(ひら)けてきているな、と感じさせてくれる一作だ。希望が見えてくる。というのは、私はベテランのアフリカ系ミュージシャンたちから「クラシック音楽家を志したものの、肌の色のことなどで耐えられない屈辱を受けた」という話を異口同音にきいたことがあるからだ。この映画の主人公であるザイア(ウーヤラ・アマムラ扮する)はアルジェリア系の女性だが、「アルジェリア系」であること、「女性」であること、それを突き破って音楽と共に在ることができている。素晴らしいことではないか。
ザイアはパリ市内の名門音楽院に最終学年で編入が認められたほどだから素養もあり、指揮者になりたいという夢を持つのもごく自然なことだった。が、リッチな指揮者候補生たちの中では、彼女は明らかに異質だ。「女性なのに、指揮者になりたいだって? 笑わせんな」という感じで楽団の面々も彼女をなめてかかっている。が、特別授業でやってきた、大御所の指揮者に認められたことで、彼女の道筋に光明がさしはじめる。
その指揮者こそセルジュ・チェリビダッケなのだが、これも物語と私の距離を近づけた。私はジャズ雑誌にいた頃、よく広告をとりに、とあるレコード会社に顔を出していたのだが、そこのプロデューサーが時折、私に課題を出すのだ。そしてあるとき、チェリビダッケやサイモン・ラトル等の、赤い背表紙のCDを大量に机に積みあげて、持って帰って聴いてこいという。そんな「課題の日々」と、時には無謀なチェリビダッケの言葉や態度を「どうしてなんだろう」と考えつつ成長していくザイアの姿を並べるわけにはいかないけれど、とにかく彼女はめきめきと上達し、その先として当然、名門オーケストラのエリート指揮者になる道を歩むのかと思えば、とった道は「貧富も人種も関係ない、垣根を超えたオーケストラの結成」。ここにも私は美しさを感じた。
モデルとなったザイア・ジウアニ本人は2024年パリ・オリンピックの閉会式で大会初の女性指揮者としてフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」を指揮するという栄誉にも浴している。監督・脚本はマリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール。
映画『パリのちいさなオーケストラ』
9月20日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町・新宿シネマカリテ ほか全国順次公開
監督・脚本:マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール
脚本:クララ・ブロー
撮影:ナオミ・アマルジェ
編集:ブノワ・キノン
音楽監督:ザイア・ジウアニ、フェットゥマ・ジウアニ
出演:ザイア・ジウアニ:ウーヤラ・アマムラ/フェットゥマ・ジウアニ:リナ・エル・アラビ/チェリビダッケ:ニエウ・アレストリュプ
2022年/フランス/フランス語/114分/カラー/ビスタサイズ/原題:Divertimento/映倫区分:PG-12/配給:アット エンタテインメント
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