1990年の他界から31年。小説家・佐藤泰志に対する評価は高まり続けているといっても過言ではない。その著作が最初に映画化されたのは『海炭市叙景』(2010年公開)。僕は恥ずかしながら、この映画を見に行って佐藤泰志という名を知った。そして、10月8日から『草の響き』が、新宿武蔵野館・ヒューマントラストシネマ有楽町/渋谷ほか全国順次公開される。佐藤作品が映画化されるのはこれが5回目だ。
主人公の和雄(東出昌大)は、精神を病んで医師にかかり、どんな天気であろうと同じ道をランニングして帳面に記録をつけていく。これは自律神経失調症の療法として、やはりランニングを行なっていた作者の経験がもとになっている。
佐藤は函館→東京→函館→東京という軌跡をたどり、1979年に『草の響き』を、東京を舞台にした作品として描いた。が、監督の斎藤久志、脚本の加瀬仁美は、函館を舞台とする物語として再生し、雄大な自然や、美しい夜景も盛り込みつつ、ひとつの抒情詩に仕上げた。物語の舞台は1979年当時ではなく「現在」、原作に登場する暴走族もまた、より現代的な若者像へとおきかえられている。
斎藤監督はパンフレットに「佐藤作品に拮抗するためには生半可に勝負できないと思った」というメッセージを寄せているが、そのリスペクトにおいても生半可ではないことは、はたをおるような約120分の流れが証明する。個人的には新しい命の誕生が判明してからの和雄夫婦の動きに、胸をえぐられるような気持になった。リアリティの残酷さを見せられた思いがした。「ラスト・シーンの後、どうなっていると思う?」と尋ねたら多分十人十色の答えが返ってきそうだ。これは、“余白”を見る者にしっかり与える映画でもある。
映画『草の響き』
10月8日から新宿武蔵野館・ヒューマントラストシネマ有楽町/渋谷ほか全国順次公開
<キャスト>
東出昌大、奈緒、大東俊介、Kaya、林裕太、三根有葵、室井滋 ほか
<スタッフ>
監督:斎藤久志
脚本:加瀬仁美
撮影:石井勲
原作:佐藤泰志
配給:コピアポア・フィルム、函館シネマアイリス
(C)2021 HAKODATE CINEMA IRIS