「禁断の」心の扉を開けてしまったのか? 痛ましいほどのリアルが沁みる問題作『恋い焦れ歌え』

 予期せぬトラブルで心に傷を受けた男が、新たな自分を発見しながら、泥だらけになって立ち上がってゆく道程。そういえばいいだろうか。が、モチーフも、展開も、そんじょそこらの理解をはるかに超えて、もはや孤高と言っていいほどの輝きを放つ。なぜラップ? なぜ川崎の工業地帯? だが、「どうして」と思うファクターが、きちんと物語の進行に収まってゆく。とてもよく考えられた映画だと思った。

 主人公の桐谷は文学に精通する小学校臨時教員。生徒に対する態度にずいぶん独善的なところがあると個人的には感じたが、人生はひとまず順調だ。が、妻の待つ家に戻る途中、覆面の男に凌辱されてしまう。

 それから3か月後、KAIと名乗る謎の青年が桐谷の前に登場。桐谷自身しか知りえない、誰にも知らせるはずのないことを巧みなラップにして挑発し始めた。ここから、物語はちょっとした異次元に突入する。KAIも参加する一種コミューン的な暮らしに入り込んでからの桐谷は不気味なほど生き生きしており、彼にとって教員とはなんだったのか、妻とは何だったのかを否応なく見る者に感じさせる。

 熊坂出監督は、こうコメントしている。「今この国で起こっていることと、とても親和性が高い映画になったと思っております。今、この国でこの映画を出すということに、必然性の高い映画になった」。主演:稲葉友、遠藤健慎、さとうほなみ、髙橋里恩。5月27日から東京・渋谷シネクイントほか順次公開。

映画『恋い焦れ歌え』

2022年5月27日(金)より、渋谷シネクイントほか全国順次公開

出演:稲葉友 遠藤健慎 さとうほなみ 髙橋里恩 松永拓野 水澤紳吾 瓜生和成 中村まこと 黒沢あすか 小久保寿人

原作・監督・脚本:熊坂出
配給:フューチャーコミックス
2021/ 日本 /DCP/117分
(C)2021「恋い焦れ歌え」製作委員会
公式サイト