フィンランドの国民的画家、ヘレン・シャルフベックの「8年間」にスポットを当てた力作『魂のまなざし』。生誕160周年を記念して公開

 ほんとうにゆるやかに時が流れてゆく。描かれている時代は、1915年から23年にかけて。SNSはもちろんテレビもなく、ラジオも普及していない頃である。蓄音機でクラシックを聴くシーンはあるが、当然ながら電気録音登場前なので、いわゆるアコースティック録音の78回転レコードを聴いていたことになる。陽はこんなふうに昇って沈み、人々はこんなふうに、こんなテンポで歩いたり語らったりしていたのだろうか、と、ちょっとしたタイムスリップ感覚を味わった。

 モデルになっている人物は、フィンランドの画家ヘレン・シャルフベック(1862~1946)。幼い頃に骨折したことで杖を離せない生活を送ったが、11歳でフィンランド芸術教会の素描学校に入り、18歳のときには奨学金を得てパリに留学。1889年のパリ万博では銅メダルを得たそうだ。

 映画になっているのはそれから約四半世紀後のヘレンである。画家として大御所的な地位を獲得した後、悲恋も経験したあと、創作のペースは陰りをみせなかったものの、どちらかというと「忘れられかけている大御所」という感じか。

 そんなヘレンのもとに、画商の紹介を受けて、ひとりの青年が訪ねてくる。19歳年下の彼の活力、優しさに、ヘレンの心は大いに傾く。この恋も成就しなかったことを、後世のわれわれは知っているわけだが、そこはあえて頭の隅っこにしまいこんで、ヘレンの生き生きした表情と、キャリアある偉大な芸術家への敬意を忘れない青年の行動、ふたりのマインドの通じあいをしっかり焼き付けたいものだ。ヘレンにはラウラ・ビルン(『ファブリックの女王』等)が扮し、彼女はファジル国際映画祭最優秀女優賞を受賞した。

 原題『HELENE』を『魂のまなざし』という邦題にしたのは、2015年に東京芸術大学大学美術館で開催された『ヘレン・シャルフベック-魂のまなざし』にちなんでのものか。ヘレンの生誕160周年を記念する、実に嬉しい国内公開だ。

映画『魂のまなざし』

7月15日(金)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

出演:ラウラ・ビルン ヨハンネス・ホロパイネン クリスタ・コソネン エーロ・アホ ピルッコ・サイシオ ヤルッコ・ラフティ
監督:アンティ・ヨキネン
配給:オンリー・ハーツ
2020年/フィンランド・エストニア/122分/原題:HELENE/字幕:林かんな
(C)Finland Cinematic

公式サイト