アラン・ドロン以前の「フランスの二枚目俳優」といえば、彼なしに語れない。『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』

 1922年に生まれ、1959年に早すぎる死をとげたジェラール・フィリップ。その偉業を振り返る特集上映会「ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭」が11月25日よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国で行われる。

(C)Temps noir 2022

 日本の劇場において、彼の特集上映会がこれほどの規模で行われるのは未曽有のことに違いなく、大変な快挙であると共に非常に稀少な機会でもある。そう考えると、寸暇を惜しんで劇場に駆けつけたくなるし、古くからジェラールを見続けてきたファンも、デジタル・リマスターで蘇った彼の姿や声に新たな感銘を受けることは間違いないはずだ。

今回、公開されるのは以下の12作品。

●『肉体の悪魔』(HDデジタル・リマスター版)
監督:クロード・オータン=ララ
出演:ジェラール・フィリップ、ミシュリーヌ・プレール、ジャン・ドビュクール、ドニーズ・グレイ、バロー、ジャック・タチ
原題:Le diable au corps/1947年/123分/フランス/モノクロ/スタンダード/モノラル/PG12
★リマスター版 日本初公開

●『パルムの僧院』(2Kデジタル・リマスター版)
監督・脚本:クリスチャン・ジャック
出演:ジェラール・フィリップ、マリア・カザレス、ルイ・サルー、ルネ・フォール
原題:La Chartreuse de Parme/1948年/174分/フランス/モノクロ/スタンダード/モノラル
★2K 日本初公開

●『美しき小さな浜辺』(2Kデジタル・リマスター版)
監督:イヴ・アレグレ
出演:ジェラール・フィリップ、ジャン・セルヴェ、マドレーヌ・ロバンソン、ジャーヌ・マルカン
原題:Une Si Jolie Petite Plage/1948年/91分/フランス/モノクロ/スタンダード/モノラル/PG12
★2K 日本初公開

●『ジュリエット あるいは夢の鍵/愛人ジュリエット』(4Kデジタル・リマスター版)
監督・脚本:マルセル・カルネ
出演:ジェラール・フィリップ、シュザンヌ・クルーティエ、イヴ・ロベール
原題:Juliette ou La clef des songes/1951年/106分/93分/フランス/モノクロ/スタンダード/モノラル
★4K 日本初公開

●『花咲ける騎士道』(4Kデジタル・リマスター版)
監督:クリスチャン・ジャック
出演:ジェラール・フィリップ、ジーナ・ロロブリジーダ、ノエル・ロックウェル、ジュヌヴィエーヴ・パージュ
1952年カンヌ国際映画祭監督受賞
原題:Fanfan la Tulipe/1952年/100分/フランス/モノクロ/スタンダード/モノラル
★4K日本初公開

●『狂熱の孤独』(2Kデジタル・リマスター版)
監督・脚色:イヴ・アレグレ
出演:ジェラール・フィリップ、ミシェル・モルガン、ヴィクトル・マヌエル・メンドーサ、ミシェール・コルドゥー、カルロス・ロペス・モクステマ
1953年ヴェネツィア国際映画祭優秀作品賞受賞
原題:Les Orgueilleux/1953年/104分/フランス・メキシコ/モノクロ/スタンダード/モノラル
★2K 日本初公開

●『しのび逢い ムッシュ・リポアの恋愛修業』(HDデジタル・リマスター版)
監督:ルネ・クレマン
出演:ジェラール・フィリップ、ヴァレリー・ホブスン、ナターシャ・パリー、マーガレット・ジョンストン、ジョーン・グリーンウッド、ジェルメーヌ・モンテロ
1953年カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞
原題:Monsieur Ripois/1954年/105分/フランス・イギリス/モノクロ/スタンダード/モノラル
★リマスター版 日本初公開

●『赤と黒』(2Kデジタル・リマスター版)
監督:クロード・オータン=ララ
出演:ジェラール・フィリップ、ダニエル・ダリュー、アントネラ・ルアルディ
原題:Le Rouge et le Noir/1954年/フランス/193分/カラー/スタンダード/モノラル
★2K 日本初公開

●『夜の騎士道』(4Kデジタル・リマスター版)
監督・脚本:ルネ・クレール
出演:ジェラール・フィリップ、ミシェル・モルガン、ブリジット・バルドー
原題:Les grandes manoeuvres/1955年/104分/カラー/スタンダード/5.1ch
★4K日本初公開

●『モンパルナスの灯』(HDデジタル・リマスター版)
監督:ジャック・ベッケル
出演:ジェラール・フィリップ、アヌーク・エーメ、リノ・ヴァンチュラ、リリー・パルマー
原題:Les amants de Montparnasse (Montparnasse 19)/フランス/1958年/108分/モノクロ/ビスタ/モノラル
※2016年に上映された素材と同様の素材での上映となります。

●『危険な関係』(4Kデジタル・リマスター版)
監督:ロジェ・ヴァディム
出演:ジャンヌ・モロー、ジェラール・フィリップ、アネット・ヴァディム、ジャンヌ・ヴァレリー、ジャン=ルイ・トランティニャン
原題:Les liaisons dangereuses/1959/105分/モノクロ/ビスタ/5.1ch

●『ジェラール・フィリップ 最後の冬』
監督:パトリック・ジュディ
出演:ジェラール・フィリップ
全編吹替ナレーション:本木雅弘
第75回カンヌ国際映画祭 クラシック部門正式出品作品
原題:Gerard Philipe,le dernier hiver du Cid / 英題:Gerard Philipe, the last winter
2022 / 66分 / パートカラー / ステレオ / ビスタ / 配給:セテラ・インターナショナル
★日本初公開
(C)Temps noir 2022

 最後に挙げた『ジェラール・フィリップ 最後の冬』は、この名優の生誕100周年を記念して製作されたもので、今年5月開催の第75回カンヌ国際映画祭クラシック部門でプレミア上映された最新ドキュメンタリー。生い立ち、栄光の日々、家族への会い、ガンの苦しみのなかでも耐えることのなかった演技への情熱等が、貴重なフィルムの数々と共に紹介されていく。

 父親の「政治」とのかかわり、対ナチ・レジスタンス運動への参加、いわゆるコミュニストとしての一面にも触れられており、1953年に来日した時(つまりマリリン・モンローの1年前)の光景も日本人の観客にジェラールの存在を身近に感じさせて余りあるものであろう。彼のそばにいる女性記者は、ひょっとして“おばちゃま”と呼ばれるようになる前の小森和子だろうか。

 ところで私は小学生の頃からジェラール・フィリップの名前だけは知っていた。アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズが演奏する『危険な関係』のサウンドトラック・レコード、その日本語解説にジェラールの主演映画の音楽であるとクレジットされていたからだ。が、実際に『危険な関係』を見ると、ブレイキー以上にセロニアス・モンクの演奏が多く使われていることがわかる。とはいえモンクが積極的に曲を書いていたのは1950年代前半までで、あとは旧作の再演にいそしむことが多かった。この映画でも、とくに新曲を書きおろしているわけではないが、ネイティヴ・アメリカンの太鼓を彷彿とさせるリズム・パターンにアレンジされた「ライト・ブルー」、1905年に楽譜出版された讃美歌「バイ・アンド・バイ」あたりは殊に貴重である。2017年に『Les Liaisons Dangereuses 1960』という題名のアルバムでレコーディングの模様がディスク化されるまで、このサウンドトラック用に演奏したモンクのパフォーマンスは、映画内でしか聴くことができなかった。ジェラールには失礼であると承知でいうが、セリフの背後で流れているジャズに聴き耳を立てた音楽ファンは自分だけではないはずだ。

 ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの演奏が流れるのは映画が折り返し地点に入ろうという頃。「危険な関係のブルース」という邦題で知られるナンバー(アレンジを変えて映画内に何度も挿入される)以下、彼らの演奏曲はピアノ奏者のデューク・ジョーダン(メッセンジャーズのメンバーではない)が書いている。

 ストーリーが佳境に入ると、ジャズ・バンドの演奏シーンが目に飛び込んでくる。聴こえてくる響きはジャズ・メッセンジャーズのものだが、画面に登場する演奏家の手の動きとまったく合っていないことに気づかされる。それもそのはず、ジャズ・メッセンジャーズ(とモンク)それぞれの録音は59年7月にニューヨークで三日間かけて行われ、撮影は春からパリで進んでいた。即興性を重んじるジャズの、しかも別人の音に当て振りしたところで、合うわけがない。画面に映るのは欧州ツアー中だったケニー・ドーハム(トランペット)とデューク・ジョーダン(ピアノ)、56年からパリに住んでいたケニー・クラーク(ドラムス)であることは確実、ベースは当時の人脈から考えてポール・ロベールであると思われる。サックスを吹く眼鏡の青年バルネ・ウィランは、画面とサントラの両方に顔を出しているが、父はアメリカ人であり、彼自身も英語が達者だった(そしてバーニー・ウィレンとアメリカ風に呼ばれることを好んだ)。当時のフランスのジャズメンにしては異例なほどアメリカ人ミュージシャンとの共演が多いのには、こうした背景もありそうだ。

 『危険な関係』でのジェラールは、はっきりいえばかなり好色な役である。こんなスケベな男を、凛々しく、品格すらたたえて演じてしまう彼はすごい。今回の映画祭は、ジェラール・フィリップの“品格”に触れる最高の機会にもなろう。

映画『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』 

11月25日(金)より ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開

配給:セテラ・インターナショナル
http://www.cetera.co.jp/gerardphilipe/