フェリーニや大島作品に登場した俳優は、こんなに「おもしろい」映画監督だった! 「ピエール・エテックス」の幻の作品が大挙ロードショー

 大変に愉快な財宝に出会った気分だ。俳優としてロベール・ブレッソン『スリ』、フェデリコ・フェリーニ『フェリーニの道化師』、大島渚『マックス、モン・アムール』などに出ているというから認知しているつもりだったのだが、それは彼のほんの一部でしかなかったことが痛いほどわかった。俺は彼のことを何も知っていなかったのだ。ああ、なんて愉快な才能。愉快な男。スクリーンごしに親しげに語りかけられているような気分になった。

 その「彼」、ピエール・エテックスの特集上映「ピエール・エテックス レトロスペクティブ」が12月24日(土)からシアター・イメージフォーラムにて開催される(ほか全国順次)。役者としてはもちろん、監督としての冴えわたるセンスやウィットでもおなかいっぱいになる、そんな長編+短編の上映会だ。

 サーカスや、チャーリー・チャップリン、バスター・キートンなどの喜劇映画に子供の頃から熱中し、ジャック・タチやジャン=クロード・カリエールとの作業でも名を残した。にもかかわらず、エテックス自身の映画は長いこと劇場上映が途絶え、ソフト化もされていなかった。こうなると後追いの人間にとっては「存在しない」も同然といわざるをえない、残念ながら。

 いくらなんでも不条理ではないか、という声がエテックス・ファン、映画ファンの間で起こったとしても不思議ではない。署名活動(だけではないと思うが)により、2010年にはすべての権利がクリアになり、ほとんどの作品のデジタル・リマスター化が進み(エテックス自身の手による)、多くの国で上映が実現した。それが大挙、年末年始の日本の映画館に押し寄せて、あわただしい心を粋になごませてくれるわけである。

 エテックス作品の魅力について、思うままに書いてみよう。

1)動き(身振り、顔芸も含めてすべて)、音(音楽からFoleyまで)、カメラ・ワーク、すべてが鮮烈でありつつも、どことなく可愛らしさを持っていること

2)「俺にも私にもこんなことがあったなあ」的、ストーリーの身近さ、わかりやすさ

3)短編・長編ともども、長すぎることも、短すぎることも感じさせない「絶妙な尺」

4)出演者のほとんどが共通している。「エテックス組」的なものがあったのだろう。気の合った仲間との「あうんの呼吸」は、収録現場に確実に存在したはずだ

5)「オチ」が明快。何でもかんでもオチればいいというものではないが、ちゃんと伏線が回収されて笑いがストンと腑に落ちるのは嬉しいもの。短編は、いっそう”連続する四コマ漫画感”が高い。

 笑いの大切さを熟知しているのだろう、クスリと笑わせてくれたり、つい吹き出させてくれるところも多々ある。「これがフランスのエスプリというものなのかな」と思いながら見入ってしまった。以下、作品について述べる。

<長編>

『恋する男 LE SOUPIRANT』
監督・脚本・主演:ピエール・エテックス 脚本:ジャン=クロード・カリエール
1962年/ フランス / モノクロ / ヨーロッパ・ヴィスタ / モノラル / 84分 / 字幕:井村千瑞 (C)1962 – CAPAC

1963年 ルイ・デリュック賞 受賞

 ぼくなら「エテックスのガチ恋物語」と邦題をつけるかもしれない。天文学の研究に没頭していた男が両親に結婚を命じられ、「まずは相手探しに」と街に繰り出すものの、最終的にはテレビ越しに「モナモー~♪」とセクシーにラブソングを歌うスターにガチ恋。「会いたい」「告白したい」に賭ける情熱と、オチのコントラストが最高だ。エテックス×カリエールの記念すべき初長編映画で、喜劇映画ではジャック・タチの『ぼくの伯父さんの休暇』以来、初めてルイ・デリュック賞を受賞。後年、ハービー・ハンコックやジャコ・パストリアスと交流するミシェル・コロンビエの名が、音楽スタッフとして記されているのも興味深い。

『ヨーヨー YOYO』
監督・脚本・主演:ピエール・エテックス 脚本:ジャン=クロード・カリエール
1964年/ フランス / モノクロ / ヨーロッパ・ヴィスタ / モノラル / 98分 / 字幕:神谷直希 (C)1965 – CAPAC

1965年 カンヌ国際映画祭 青少年向最優秀映画賞 受賞
1965年 ヴェネチア国際映画祭 国際カトリック映画事務局賞 受賞

 ヨーヨーは世界恐慌で破産した大富豪(城を持っていた)の息子。よって最初しばらく「父親の描写」が続く。1920年代の描写はしっかりと無声にして(チャールストン風のジャズがかかる)、幼いヨーヨーが登場してしばらくしてから音が入る。その後、第二次大戦開戦、終戦、さらには収録当時の最新トレンドであったろう「テレビ」の時代まで、一直線に駆け抜ける。一流の曲芸師へと成長したヨーヨーの出世物語であると同時に、「母もの」「父もの」的なセンチメンタルな描写もあり、動物愛もあり。なかでも「犬」「象」がこの映画のキーポイントであると見た。トリュフォーが絶賛、ゴダールがその年のベストテンに選出したというのも納得の一作。

『健康でさえあれば TANT QU’ON A LA SANT?』
監督・脚本・主演:ピエール・エテックス 脚本:ジャン=クロード・カリエール
1965年/ フランス / パートカラー / ヨーロッパ・ヴィスタ / モノラル / 67分 / 字幕:横井和子 (C)1973 – CAPAC (C)Les Films de la Colombe

 オムニバス作品。いうなれば、増村保造らが関わった『嘘』など複数の監督が描く世界をエテックスひとりでやっているようなものだ。タイトル通りの「不眠症」、映画と、幕間に流れるコマーシャルの境目が飛んでしまう「シネマトグラフ」、環境や公害の問題をこう描くのか的な驚きがある「健康でさえあれば」、牧歌的な雰囲気と狂気がいりまじる「もう森へなんか行かない」で構成されている。1966年にフランスで公開後、71年にエテックス自身が再編集したヴァージョンで上映。

『大恋愛 LE GRAND AMOUR』
監督・脚本・主演:ピエール・エテックス 脚本:ジャン=クロード・カリエール 1968年 / フランス / カラー / ヨーロッパ・ヴィスタ / モノラル / 87分 / 字幕:寺尾次郎 (C)1968 – CAPAC

1969年 フランスシネマ大賞 受賞
1969年 カンヌ国際映画祭 国際カトリック映画事務局賞 受賞

 工場を営む実業家の一人娘と結婚した男。大出世である。その一人娘のことも別に嫌いではない。だが男としてどうにも燃えてこないのだ。そこに配属された若い秘書。男の炎がメラメラと燃えていき、やがて妄想の世界へ。この妄想具合がなんともオタク的で、個人的に共感した。初のカラー長編。色使いにも要注目だ。

<短編>

長篇とカップリングで公開。カップリング作品はホームページを参照

『破局 RUPTURE』
監督・脚本:ピエール・エテックス、ジャン=クロード・カリエール 1961年 / フランス / モノクロ / スタンダード / モノラル / 12分 / 字幕:横井和子 (C)1961 (C)CAPAC

 恋人からの手紙を開封してみたら、破かれた自分の写真が同封されていた。ちくしょう、こちらから別れてやると絶縁の手紙を書こうとするのだが……。エテックス×カリエールによる初の短編作であるという。セリフはない。

『幸福な結婚記念日』
HEUREUX ANNIVERSAIRE
幸福な結婚記念日 HEUREUX ANNIVERSAIRE
監督・脚本:ピエール・エテックス、ジャン=クロード・カリエール 1961年 / フランス / モノクロ / スタンダード / モノラル / 13分 / 字幕:井村千瑞 (C)1961 (C)CAPAC

1963年 アカデミー賞 最優秀短編実写映画賞 受賞
1963年 英国アカデミー賞 最優秀短編映画賞 受賞

 今日は結婚記念日だ、早く帰らなきゃ。家では妻がディナーを用意して待っている。が、そこに待ち受けていたのがパリの大渋滞。誰もがむかつき、イライラする交通渋滞を、こんなに軽妙なコメディにしてしまうとは。

『絶好調 EN PLEINE FORM』
監督・脚本・主演:ピエール・エテックス 脚本:ジャン=クロード・カリエール
1965年 / フランス/ モノクロ / ヨーロッパ・ヴィスタ / モノラル / 14分 / 字幕:横井和子 (C)1971 – CAPAC

 「キャンプ」という言葉にはアウトドアで過ごすという意味のほかに、「収容所」という意味もある。そのふたつを巧みに織り込んだ、ちょっと辛口のコメディ。当初は『健康でさえあれば』の一部を成していたが、71年の再編集で外され、2010年にデジタル修復された際に単独の短編作品となった。

特集上映『ピエール・エテックス レトロスペクティブ』

12月24日(土)~2023年1月20日金までシアター・イメージフォーラムにて開催 ほか全国順次

配給:ザジフィルムズ
協力:シネマクガフィン

公式サイト
http://www.zaziefilms.com/etaix/