第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門出品。孤独な男ふたりの運命を描くクライムドラマ『このろくでもない世界で』

 気鋭たちの才気が結集した一本だ。監督・脚本のキム・チャンフンはこれが初長編監督作品。生計のためにモーテルでアルバイトをしながら、受付のカウンターでこの物語を執筆したという。継父からの暴力と貧困にあえぐ少年ヨンギュに扮したのは、これが映画初主演となる1997年生まれのホン・サビン。ヨンギュの義妹・ハヤンにはBIBIという名で音楽活動も行う(今年2月にリリースした楽曲は韓国でチャート1位に)キム・ヒョンソが扮し、見事「百想芸術大賞」の新人演技賞を受賞した。犯罪組織のリーダー・チゴンに扮するのは、中堅俳優のソン・ジュンギだ。

 舞台となるのは、とある地方の寂れた町。ベースとなるのは、ヨンギュとチゴンの出会いとその後だ。ヨンギュはチゴンを兄のように親しみ深く感じて慕い、チゴンはヨンギュに若き日の面影を見た。が、「義兄弟的な関係」や「友情」が、とあるささいなきっかけで吹っ飛んでしまうのも、また現実である。ダークネスの住人が、そこから陽の当たるところにたどり着くには並外れた手間と苦労を必要とする。が、光が明るく迫ってくれば来るほど、両足をダークネスに引きずりこもうとする「力」も強まる。ふたりはいつまでも、心も体もズタズタのまま、暴力の世界に生き続けていくしかないのか、そこからの脱出口はないのか。ヨンギュの心の温かさは、ハヤンに対する態度からもしっかりうかがえる。こんな優しい男が、それでも悲劇を生み続けなければいけない、なんという現実のむごさか。

 観ていて「痛み」を感じるシーンもかなりある。これがピストルの撃ち合いとかなら、ピストルが生活の身近にない私のような日本人には実感しきれないものがあるのだが、この映画で描かれる「痛み」は実にヴィヴィッドに響いてきた、というのが正直なところだ。そして同時に、こうした極めてハードな作品が、若手気鋭主導でつくられ、国際的にも高い評価を得ているという事実を心に銘じておきたいと思った。

映画『このろくでもない世界で』

7月26日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

監督・脚本:キム・チャンフン(初長編監督作品)
出演:ホン・サビン、ソン・ジュンギ、キム・ヒョンソ(BIBI)
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
2023年/韓国/カラー/シネマスコープ/5.1ch/英題:HOPELESS/123分/字幕翻訳:本田恵子/R15+
(C)2023 PLUS M ENTERTAINMENT, SANAI PICTURES, HiSTORY ALL RIGHTS RESERVED.

公式サイト
https://happinet-phantom.com/hopeless/index.html