人類が成し得る悪を煎じ詰めたような風のあそこで、なお、〈ナチス最大の悪〉と呼ばれた男がヨーゼフ・メンゲレである。肩書としては医者になるようだが、誰かの病気を治すというよりは、人体実験を繰り返し、優生思想にふさわしくない身体を持つ者を殺し、1943年5月からはアウシュヴィッツ収容所で(おそらく)水を得た魚となった。

この〈ナチス最大の悪〉、あるいは〈死の天使〉ヨーゼフ・メンゲレに迫った一作がこれだ。原作はオリヴィエ・ゲーズ「ヨーゼフ・メンゲレの逃亡」(東京創元社・創元ライブラリ刊)。なにしろ他国へ逃げて逃げて(偽名を使って)、なにか身の危険に迫りそうになったら逆にブチ切れて相手を怖がらせる技も持っているので、結果的に1979年まで長生きした。その間のさまざまな時代におけるさまざまなエピソードが、この映画で描かれる。基本的にはモノクロだが、あえてカラーにしているところもあり、その使い分けに私は監督の鋭敏なセンスを感じずにはいられなかった。
老いさばらえてもなおヒトラーからの呪縛が解けず、他国に逃げていても現地語で話す人々に「ドイツ語でしゃべれ」とブチ切れ、秘密のルートをたどってやってきた息子とは親子の情が成立せず、アイヒマン(62年に絞首刑)の悪口を言い……実に不快な輩だ。だがその「不快ぶり」が並外れている。希少なほどに。そのへんの日常にいるむかつく奴らがハナクソのように思えてくる。また、私はこの作品を通じて、いくつもの「知」を得た。新しいことを教えてくれる、そして、考えさせてくれる体験は得難い。
監督・脚本はキリル・セレブレンニコフ、出演はアウグスト・ディール、マックス・ブレットシュナイダー、フリーデリケ・べヒト。
映画『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』
2月27日(金) シネマート新宿、シネスイッチ銀座ほか全国公開
監督・脚本:キリル・セレブレンニコフ
原作:オリヴィエ・ゲーズ 『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』 (東京創元社・創元ライブラリ刊)
出演:アウグスト・ディール、マックス・ブレットシュナイダー、フリーデリケ・べヒト
2025年/フランス・ドイツ合作/ドイツ語・スペイン語・ポルトガル語/135分/モノクロ(一部カラー)/5.1ch/
原題:Das Verschwinden desJosef Mengele
英題:The Disappearance of Josef Mengele
日本語字幕:吉川美奈子 字幕監修:柳原伸洋 R15+ 配給:トランスフォーマー
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