一枚のLPレコード再評価が巻き起こした実話をもとにした、奥の深い一作。『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』

 地方都市でごく少数プレスされたレコードが、その数十年後に(高名なミュージシャン、評論家、DJなどによって)突然再評価されて広く話題となり、全国区で再発されて、それがまた新たなファンを獲得する源となって、そのローカル・ミュージシャン本人も活動を活発化させてゆく――特に“レア・グルーヴ”ということがらを知る音楽好きにとっては決して目新しい話題ではないはずだが、それを映画として表現されるとすこぶる新鮮だ。

 実話をもとにした物語で、モデルとなっているのは、ドニーとジョーのエマーソン兄弟。ワシントン州の小さな町を拠点とする彼らは父親が自作したスタジオでレコーディングを行い、1979年にアルバム『Dreamin’ Wild』を発表した。販売網が圧倒的に不足していたためか、結果は鳴かず飛ばず。だがこの作品、今では“時代を先取りした傑作”と評価されている。アルバムはシアトルのレーベル“Light in the Attic”から再発され(2002年設立。菊池桃子のサード・アルバム『Adventure』もここから全米発売)、収録楽曲はアリエル・ピンクやイエスパー・ムンクなど現役ミュージシャンにカヴァーされている。発表から40数年を経て、ますますファンを増やしているのが『Dreamin’ Wild』なのだ。

 物語はドニーが初老になった「現在」を軸に始まる。突然訪れた再評価に戸惑いながらも、若き日の自分の表現が間違っていなかったことを確信するドニー。往年のメンバーを集めてライヴ活動の再開に動き出すのだが、彼はまたアーティスト気質であり、昔の再現よりも今の自分の創作を聴いてほしいという思いが強い。だが「新規ファン」が求めるのは、あくまでも1979年の『Dreamin’ Wild』に収められていたサウンド。このあたりの葛藤は、心ある表現者であれば、長く生きていれば、いつかは経験することなのではないかと私は思った。

 ほか、親子関係、兄弟関係、恋、友情、世代間のギャップ、都会と地方の格差などもしっかり描かれていて、間口の広い、ひじょうに丁寧に描かれた映画との印象を受けた。ドニー役にはケイシー・アフレック(現在)とノア・ジュプ(青年期)が扮しており、この映画を観終えたあとに聴く『Dreamin’ Wild』の味はまた格別である。監督・脚本はビル・ポーラッド。

映画『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』

2025年1月31日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

監督・脚本:ビル・ポーラッド
出演:ケイシー・アフレック、ノア・ジュプ、ズーイー・デシャネル
2022年/アメリカ/カラー/2.35:1/5.1ch/111 分/G/英語/原題:Dreamin’ Wild
配給・宣伝:SUNDAE
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公式サイト
https://sundae-films.com/dreamin-wild/