パンデミック時の「集団的トラウマの記録」を描いた、必見のフェイクドキュメンタリー『未完成の映画』

 2020年の初めぐらいから何かが渦巻き、春が来る頃には世界中が暗雲で覆いつくされた――。もう思い出したくもないのが、あのパンデミックの日々である。あえてひとつポジティヴなものを見つけ出そうとするなら、あのころ、少なくとも「いつか再びやってくる日常」を希求する気持ちとともに、人々がビヨンド・クリード、ビヨンド・カラー、ビヨンド・ナショナリティ、つまり「同じ惑星に住む同じ生き物」として、結びつこうとしていたことだろうか。こうにでもならなけりゃ人々は仲良くなれないのかと思いつつ、パンデミックの猛威が去っても、穏やかな心の結びつきが続けばいいのになと思った私であるが……。

 この『未完成の映画』は、中国・武漢に近い都市で、未完成に終わっていたクィア映画を形にすべく、スタッフが集まるところから始まる。そして撮影が再開されるものの、それは長くは続かなかった。「未知のウィルス」が、集団行動を不可能にしたのだ。さあやるぞと意気があがり、テンション高めに行動する「パンデミック前」と、ホテルに閉じ込められたスタッフの描写など「パンデミック後」の描き方はショッキングなほどコントラストが利いていて、さらに「2020年4月8日」がいかに特別な日であったかも浮き彫りにされる。ほとんど人通りのない、広い道路にパラパラと車が走っている程度の武漢の大通りの登場シーンは、観る者誰もに「自分の住んでいる近所の大通りの、あの頃の気配」を代入させることだろう。

 第77回カンヌ国際映画祭特別招待作品として上映されると同時に、ドキュメンタリー作品に与えられる「金の眼賞」にもノミネート。中華圏最大の映画祭である台北金馬映画祭では、劇映画部門の最優秀作品賞と監督賞のダブル受賞に輝いた。この映画はまた、「再現」映像と、実際のコロナ禍の時期に撮られた「リアルタイム」映像をミックスした形で制作されている。そこも非常に興味深い。監督はロウ・イエ、映画の中での監督役はマオ・シャオルイ、主演俳優役はチン・ハオ、その妻役はチー・シー。

映画『未完成の映画』

2025年5月2日(金)アップリンク吉祥寺、アップリンク京都ほか全国順次公開

監督:ロウ・イエ
脚本:ロウ・イエ、インリー・マー
出演者:チン・ハオ(ジャン・チェン役) マオ・シャオルイ(シャオルイ監督役) チー・シー(サン・チー役)
制作会社:Yingfilms Pte. Ltd. Essential Films ZDF/ARTE Cinema Inutile Teamfun International GmbH Gold Rush Pictures
(2024年/シンガポール、ドイツ/中国語/107分/2K/カラー/16:9/5.1/1:1.85/日本語字幕:樋口裕子)
原題:一部未完成的電影/英題:An Unfinished Film/配給・宣伝:アップリンク
(C)Essential Films & YingFilms Pte. Ltd.

公式サイト
https://www.uplink.co.jp/mikansei/