マストロヤンニ晩年の傑作。日本初公開から37年の歳月を経て、4K修復ロングバージョンで上映。『黒い瞳 4K修復ロングバージョン』

 原作者アントン・チェーホフの没後120年、主演俳優マルチェロ・マストロヤンニの生誕100年を記念して、『黒い瞳』が4K修復ロングバージョンとして劇場公開される。トータル約25分間のシーンがオリジナル版に追加されているという。

 私はオリジナル版に接することのないまま今に至ってしまったので比較対象はできないのだが、描写がとても丁寧でキャラクターの掘り下げ方にも唸らされたものの、冗長であるとは一切感じなかった。エンディングのタイミングも含め、観る者の想像力を掻き立てるところも多く、なんというか、19世紀末から20世紀初頭のロシアやイタリアを舞台とした物語であるのに、今の自分がそこに立ち会っているかのような臨場感をも、もたらしてくれた。そういう意味でも実に得難い1作である。

 物語は、ロシアの文豪であるチェーホフの「犬を連れた奥さん」など4つの短編から着想を得ているそうだ。確かに犬の存在は大きな魅力を放っており、犬映画として鑑賞することも可能であろう。監督と脚本はニキータ・ミハルコフ、共同脚本は数々のルキノ・ヴィスコンティ監督作品への関与でも知られるスーゾ・チェッキ・ダミーコ。音楽はフランシス・レイが担当、時にあまりにもメロディアスなサウンドで画面を包む彼の楽曲が、実に控えめに、だけど効果的に用いられているのもいい。

 この作品で主人公・ロマーノ役のマストロヤンニはカンヌ国際映画祭の男優賞を受賞し、アカデミー賞主演男優賞にもノミネートされた。映画自体もイタリアのアカデミー賞に相当するダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で13部門にノミネート、主演男優賞と主演女優賞にも輝いている。ヒット作にして名作の誉れ高いので内容についてはあらすじも含めてあらゆる形で紹介されてきたのではないかと思うが、私が思ったのは「金持ちの、しかもアクの強い姑を持つ女性との婚姻はこんなにも男を消耗させるものなのか」、「新たな恋に燃える心に年齢制限はない」、「当時のヨーロッパの湯治はこんなスタイルだったのか」、「第三者の前で自分語りをすると、どうしても“盛ってしまう”ものなんだな」、「会いたい、と、会いたくないの差は本当に微妙なもののかもしれない」、「アンナは魔性だ」などなど。

 ロマーノの妻エリザ役はシルヴァーナ・マンガーノ。若き日に『にがい米』で好演した彼女が、「チヤホヤされたお嬢ちゃんのまま年をとった、身勝手でひたすら気が強い妻」をパワフルに演じる。謎多きロシア人女性・アンナにはエレナ・サフォーノヴァが扮する。

映画『黒い瞳 4K修復ロングバージョン』

5月30日(金)より Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下 ほか全国順次公開!

監督:ニキータ・ミハルコフ 脚本:アレクサンドル・アダバシャン、ニキータ・ミハルコフ、スーゾ・チェッキ・ダミーコ 原作:アントン・チェーホフ「犬を連れた奥さん」他 音楽:フランシス・レイ
出演:マルチェロ・マストロヤンニ、シルヴァーナ・マンガーノ、マルト・ケラー、エレナ・サフォーノヴァ
1987年/イタリア/イタリア語、ロシア語/143分/カラー/1.33:1/モノラル 原題:OCI CIORNIE 字幕翻訳:関口英子 ロシア語監修:守屋愛
配給:ザジフィルムズ
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公式サイト
https://www.zaziefilms.com/kuroihitomi/