海外でも評価が高まる石井隆監督。その没後3年に合わせて、6月6日からシネマート新宿、池袋HUMAXシネマズで初期作品の特集上映「石井隆 Returns」が行われる。これまで複雑な権利関係により、まとめて上映される機会が少なかった4作品の、HDリマスター版による初上映だ。作品は、次の4点。

●『死んでもいい』(1992)
原作は西村望『火の蛾』。駅の風景に「まだこの時代は自動改札ではなかったんだな」との認識を新たにし、プッシュホンの固定電話が発するただならぬ存在感にも感じ入る。大竹しのぶが演じる名美は、室田日出男ふんする不動産屋と婚姻関係にあり、とりあえずつつがない家庭生活を送っていたのに、そこに突如、猛烈な恋の初期衝動を持った青年(永瀬正敏)が入り込んできて、名美を奪う。その入り込み方、奪い方の徹底したドライさ、それを捉えるカメラ・ワークの“濡れ”に私はコントラストの面白さを感じた。第33回ギリシア「テッサロニキ国際映画祭」最優秀監督賞受賞作品。92年に活動を休止した、ちあきなおみの「黄昏のビギン」が使用されているのも興味深い。
●『ヌードの夜』(1993)
ヤクザを殺した女・名美を余貴美子が、彼女に惚れた「何でも屋・紅次郎」こと村木を竹中直人が演じる。紅次郎は名美をかばうつもりなのか、殺されたヤクザの死体の所在と歳月の流れによる状態の変化も含めて、見る者を離さない。また、「アフレコの美学」といいたくなるような鮮明な人声や効果音が、最近の一発同時録音のような映画とは異なるゴージャスな感じを生む。「サンダンス・フィルム・フェスティバル・イン・トーキョー’94」グランプリ受賞作品。
●『夜がまた来る』(1994)
タイトルを見てすぐさま小林旭のヒット曲「さすらい」を思い出すファンも多かろう。実際「さすらい」のメロディは随所に登場する。麻薬Gメンの夫を失って未亡人になってしまった名美は、彼を殺したヤクザ組織への復讐に燃えている。そこに名美を助ける男・村木が現れるのだが、彼もまたヤクザであった。最初期の夏川結衣と、脂の乗っていた根津甚八の共演。長回しがまたスリリングだ。
●『天使のはらわた 赤い閃光』(1994)
おお、と声をあげてしまった。というのは私も同時期、ここに出てくるマッキントッシュLC575を使って雑誌の編集をしていたからだ。この映画の主人公はふたりいて、雑誌編集者の名美(川上麻衣子)と、フリーライターの村木(根津甚八)がそれにあたる。名美は、かつてレイプに遭って以来、トラウマを抱えていた。LC575はもう歴史に納まってしまったけれど、性被害や女性のトラウマという題材は、今、こんな時代だけに、いっそう再見されるべきであろう。
キャラクター名がダブっていたり、同じ役者が別々の作品に出ていたりもするので、なんというか、それぞれが集まってひとつの物語になっているような印象も受けるし、あるいはパラレルワールドが同時進行しているような感覚にも陥る。そして、まだ野生の反社がそこらじゅうにいた時代だからこその、怪しくバイオレンスな香りも漂ってくる。石井隆ワールドは面白い。
没後3年 特集上映 「石井隆Returns 初期監督作4本 HDリマスター版上映」
2025年6月6日(金)より、シネマート新宿、池袋HUMAXシネマズ 他、全国順次上映
■上映作品: 『死んでもいい』 『ヌードの夜』 『夜がまた来る』『天使のはらわた 赤い閃光』
■配給・宣伝:ムービー・アクト・プロジェクト
■協力:ファムファタル、キングレコード、日活、キネマ旬報社、中央映画貿易、ダブル・フィールド
「死んでもいい」(C)サントリー/日活/ムービー・アクト・プロジェクト
「ヌードの夜」(C)日活
「夜がまた来る」(C)テレビ東京/キングレコード/ムービー・アクト・プロジェクト
「天使のはらわた 赤い閃光」(C)テレビ東京/キングレコード/ムービー・アクト・プロジェクト