映画監督ケネス・アンガーの真髄に触れられる『マジック・ランタン・サイクル』が、3月12日より上映

 1927年カリフォルニア生まれのリヴィング・レジェンド。GUCCIの2019年キャンペーンでモデルも務めた映像作家ケネス・アンガーの実験精神たっぷりの作品群がこのたびHDリマスターで復活することになった。3月12日よりアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、アップリンク京都ほかで公開。

 プログラムAは、アレイスター・クロウリーに捧げられた『ルシファー・ライジング』から始まる。完成は1980年だそうだが、撮影は66年から始まり、堕天使ルシファー役の少年が亡くなった後、ボビー・ボーソレイユが代役を務めたものの、彼は完成途中のフィルムを盗んで雲隠れ。その後マンソン・ファミリーにまつわる殺人事件で死刑を宣告され、獄中でサウンドトラックを完成させたという(制作当初、サウンドトラックはジミー・ペイジが担当する予定だったとのことだが……)。マリアンヌ・フェイスフル(ミック・ジャガーの彼女だった)の登場も見もの。

 続いては『快楽殿の創造』(53年)へと移り変わり、イマ・スマックやレス・バクスターのLPジャケットを思わせるコスチュームの魔女(マージョリー・キャメロン)や月の女神(アナイス・ニン)が活躍する。この色遣いは、アンガーによると薬物による幻覚がベースになっているそうだ。

 『我が悪魔の兄弟の呪文』(69年)には悪魔教会の教祖アントン・ラヴェイや、ブライアン・ジョーンズやキース・リチャードの彼女であったアニタ・パレンバーグらが登場。ミック・ジャガーによるサウンドトラックは当時最新鋭の機材だった“モーグ・シンセサイザー”を使ったもの。いちばん不健康に乱れていた時期のストーンズと、アンガーは相当に密だったのだろう。

 ラストに登場するのは、『人造の水』(80年)。水の輝き、フェデリコ・フェリーニに紹介されたという小柄な女性の動きに目が行く。

 プログラムBのオープニングは、『スコピオ・ライジング』(63年)。ブルックリンでモーターサイクル(日本語で言うところのバイク)に興じる不良青年たちに声をかけ、彼らの部屋にも入り込んでの撮影だったという。登場人物はまるで、ザ・クリスタルズのLP『ヒーズ・ア・レベル』のジャケットから抜け出してきたかのよう。挿入曲もその「ヒーズ・ア・レベル」、ジ・エンジェルズの「マイ・ボーイフレンズ・バック」、レイ・チャールズの「ヒット・ザ・ロード・ジャック」、マーサ&ザ・ヴァンデラスの「ヒート・ウェイヴ」など実にソリッドな、ビートルズ全米制覇前の、不良が沸いたに違いない音楽がいっぱいだ。

 続く『K.K.K. Kustom Kar Kommandos』(65年)は軸足をホットロッド・カルチャーに移した、その続編と言っていいと思う。フォード財団から1万ドルの助成金を得て、長編作品として制作するつもりだったようだが、完成したのは3分間だけ。それもまたケネス・アンガー也、というわけだろう。

 『プース・モーメント』(49年)も、もともとは『プース・ウィミン』という40分の作品になる予定だったらしい。ただ音楽はサイケデリック・ロック調なので、そこは後で差し替えられたのかもしれない。

 『ラビッツ・ムーン 1950年バージョン』(50年)は、“月にウサギがいる”という日本独特の想像をモチーフにしたとのこと。ケネスはイタリアの仮面即興劇(コメディア・デッラルテ)を通じて、この概念に触れたのであった。音楽はザ・デルズの「オー・ホワット・ア・ナイト」、ザ・フラミンゴスの「アイ・オンリー・ハヴ・アイズ・フォー・ユー」など50年代後半に流行したドゥーワップが軸だが、こうなったのは71年のリメイク・ヴァージョンからであるようだ。

 『花火』(47年)はアンガーの実質的なデビュー作で、監督・撮影・編集・主演を兼ねている。性的妄想にとりつかれた少年を演じるアンガー(この映像発表によって、わいせつ罪で逮捕され、裁判所の“芸術である”という判断で無罪に)と、クラシック作曲家レスピーギの音楽がシュールに重なり合う。

 マーティン・スコセッシ、デヴィッド・リンチ、ジャン・コクトー、デニス・ホッパー、ガス・ヴァン・サント等からもリスペクトを受けるケネス・アンガー。その異能の一端を、全身全霊で体感してほしい。

映画『マジック・ランタン・サイクル HDリマスター』

3月12日(金)よりアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、アップリンク京都 ほか全国順次公開

3月31日(水) Blu-ray発売

https://www.uplink.co.jp/anger/