万田邦敏監督の愛憎サスペンス『愛のまなざしを』の上映記者会見が実施。綾子は「ファムファタルではない」

 万田邦敏監督による愛憎サスペンス『愛のまなざしを』(11月12日公開)の公開に先駆けた11月9日、日本外国特派員協会にて上映・記者会見が行われ、監督の万田邦敏と出演の杉野希妃が登壇し、本作制作の裏話などを語った。

 妻を亡くしたことで、もう二度と誰も愛せないと思いつめ、生と死のあわいを彷徨うように生きる精神科医の前に現れたのは、彼を救済するかのような微笑みをたたえた女だった。堰を切ったかのように女に溺れていく男、愛を求め続けても誰からも返されることなく孤独の果てを彷徨ってきた女。二人はそれぞれの日常を捨て、激しく求めあう。しかし、女には別の顔が存在した…。男が信じた愛は、そこに確実に存在したのか。そしてそれは「愛」そのものであったのか――。

 これまでも強烈な自我を持つ女性を軸に、狂気ともいえる愛を描いてきた鬼才・万田邦敏監督が、カンヌ国際映画祭にてW受賞した『UNloved』、比類なき傑作『接吻』に続き、共同脚本・万田珠実と三度目のタッグを組んだ。「愛」の本質を見つめ、人間の性とエゴをあぶりだした愛憎サスペンスが誕生した。

 亡くなった妻に囚われ、夜ごと精神安定剤を服用する精神科医・貴志(仲村トオル)のもとに現れたのは、モラハラの恋人に連れられ患者としてやってきた綾子(杉野希妃)。恋人との関係に疲弊し、肉親の愛に飢えていた彼女は、貴志の寄り添った診察に救われたことで、彼に愛を求め始める。

 いっぽう妻(中村ゆり)の死に罪悪感をいだき、心を閉ざしてきた貴志は、綾子の救済者となることで、自らも救われ、その愛に溺れていく…。しかし、二人のはぐくむ愛は執着と嫉妬にまみれ始め、貴志の息子・祐樹(藤原大祐)や義父母との関係、そしてクリニックの診察にまで影響が及んでいく。そんな頃、義弟・茂(斎藤工)から綾子の過去について知らされ、さらに妻の秘密までも知ることとなり、貴志は激しく動揺するのだった。

 自身の人生がぶれぬよう、こらえてきた貴志のなかで大きく何かが崩れていく。失った愛をもう一度求めただけなのに、その渦の中には大きな魔物が存在し、やがて貴志の人生を乗っ取り始める。かたや綾子は、亡き妻にいまだ囚われる貴志にいらだち、二人の過去に激しい嫉妬をいだく。彼女は貴志と妻の愛を越え、極限の愛にたどりつくために、ある決断を下すのだった――。

 精神科医・貴志を演じたのは、万田監督作品『UNloved』『接吻』でキーパーソンを好演した仲村トオル。貴志からの愛を渇望する綾子役は、監督、プロデューサーとしても精力的に活動する杉野希妃が演じ、女の業を表現した。死んだ姉に焦がれ、綾子の登場により翻弄されるも真実をつかもうとする内山茂役には、監督、プロデュースなど肩書を超えて活躍する斎藤工。映画やドラマ、舞台でしなやかな演技力が光る中村ゆりが、六年前に亡くなった貴志の妻を演じる。貴志の息子・祐樹役として十代の繊細な心の揺れ動きを表現した藤原大祐は、オーディションで役を掴み、本作で映画デビューを飾っている。その他、片桐はいり、ベンガル、森口瑤子など、ベテランが脇を固める。また音楽を長嶌寛幸が担当、愛の不確かさを見事表現した。

 企画の経緯を聞かれた本作のプロデューサーであり綾子役の杉野は、「もともと私は万田邦敏監督と脚本の万田珠実さんのご夫婦がタッグを組まれている『UNloved』と『接吻』のファンで、そこで描かれている主人公たちの自我だったり、一見エゴイズムに見える生き方に惹かれていました。2017年の富川(プチョン)国際ファンタスティック映画祭で再会して、ぜひご一緒にお仕事をしたいということからこの企画が始まりました。」と説明。

 脚本執筆の過程を聞かれた監督は、「杉野さんに最初にお話をいただいた時は、精神科医が患者と恋愛関係になるという大まかなアウトラインの話を聞きました。それを聞いて家に持って帰って、妻の珠実に『こういう映画を作るけれど脚本になりそう?』と聞きました。ストーリーはほぼ100%妻が考えて書きました。第1稿が仕上がった後、僕が入って、直して欲しいところを直してもらい、脚本を仕上げていきました。」と説明。

 タイトルについては、監督は、「二転三転四転五転しました。最初のタイトルは『誤算』で、『セッション』『セカンド・セッション』『ヒーリング・セッション』などが浮かんで、編集中のいよいよ決めなくてはいけないというタイミングで、僕が『愛のまなざしを』というタイトルにしました。」と話した。

 中国人の記者からは、通路が描かれている印象的な絵画を使用することに決めたタイミングについて質問があり、監督は、「通路と絵画がダブっていくイメージですが、そもそものシナリオには絵画も地下の通路のことも一切出ていませんでした。映画を準備をしていく段階で、登場人物がある場所からある場所に移動していく場所がトンネルだとか地上の道路ではなくて、地下の中というイメージが僕の中に出てきてました。通路といったものがキーイメージとして僕の中に現れました。家の洗面所で歯を磨いていたら、鏡に、自分の家の廊下が映っていて、廊下に飾ってあるあの絵を鏡で見たときに、この絵は通路に繋がっているし、映画に使えるなと思って、劇中の診察室に飾ることにしました。南川博さんという方が描いた絵です。その絵を診察室に飾ると、次にそのトンネルの絵の向こうに(6年前に亡くなった貴志の妻の)薫のイメージが見えてきたんです。あの世に繋がっているということで。そうするとますます絵のイメージが強くなってきて、最終的には映画の冒頭にあの絵を出すということになりました」と奇跡的な秘話を披露。

 「妻が自害したのは、夫婦間のコミュニケーションが足りなかったからと読み取れるのですが?」という質問に監督は、「この映画で取り上げたのは夫婦間のコミュニケーションの問題というよりは、夫は妻のことをきちんとわかっていなかったということですよね。妻はそのことを生前きちんと夫には言えなかった。お互いが何か我慢していたもの、特に妻の側が我慢していたものが多かった。それで妻が精神を病んでしまう。夫はプライドにかけて妻を治したいと思う。その時に夫婦としてのコミュニケーションよりは、お互いの意地だとかプライドだとか愛情とは別のものがあの二人の夫婦関係を壊してしまったということになるでしょうか。これは、一般的な夫婦関係のコミュニケーションの問題というよりは、女性と男性が付き合っていく中で、様々なことが起こる。お互いの気持ちが複雑に絡み合うということの、いわば昔からある永遠の問題であり、謎であり、喜びであり、悲しみの原因を描きたかったです。」と話した。

 綾子役は杉野の当て書きだったのかという質問に杉野は、「最初にプロデュースを申し出た時には、一番の気持ちとしては、万田監督と珠実さんがタッグを組まれている作品を最近見ていなかったので、それをぜひ見たいということでした。はじめは自分が綾子を演じるということは考えていなかったというか、もちろん俳優としては万田監督の演出を受けてみたいという気持ちはあったんですが、綾子役、薫役、あるいは受付の片桐はいりさんが演じた役でもいいなと思っていて、自分が綾子役だということは念頭においていませんでした」とのこと。

 綾子はファムファタル(宿命の女)かという質問に監督は、「脚本を描いた珠実は、綾子がファムファタルという意識は全くなかったと思います。『そもそもファムファタルって何?そんな人いる?』という人です。ファムファタルの映画ではないかと誤解されがちだけれど、これは決してファムファタルの映画ではないと思っていただければ嬉しいです」と断言。

 演じた杉野は、「撮影前に珠実さんから『綾子はファムファタルではないからね。綾子は男とを惑わす魔性の女ではない』と強く言われたんです。ファムファタル映画の系譜があると思うんですけれど、珠実さんは、そういう記号的なファムファタル的なキャラクターにしたくなかった、綾子を綾子にしたかったんだと思うんです。ファムファタルではないと聞いていたものの、実は男を破滅させる映画を念のためにまた見ておこうと思って、『氷の微笑』のシャロン・ストーンだとか、ジャンヌ・モローだとか、イザベル・アジャーニなどの映画を見直していたんですけれど、見ながら、綾子と全く違うなと思いました。いろんな方が演じてこられてきた計算高い、男を惑わす魅力溢れるキャラクターとは毛色が全く違う、どちらかというと先のことは全く考えず、計算高くなく、今のことしか考えていないキャラクターになったと思います。ただファムファタルの定義はそれぞれだと思うので、この映画をファムファタル映画だという方がいるのは当然だと思いますし、そう捉えるのは自由だと思います。」と話した。

映画『愛のまなざしを』

11月12日より渋谷ユーロスペース ほか全国順次公開

仲村トオル 杉野希妃 斎藤工 中村ゆり 藤原大祐 万田祐介 松林うらら ベンガル 森口瑤子 片桐はいり

監督:万田邦敏 脚本:万田珠実 万田邦敏 企画・制作協力:和エンタテインメント 制作:キリシマ1945 配給:イオンエンターテイメント 朝日新聞社 和エンタテインメント 製作:「愛のまなざしを」製作委員会(ENBUゼミナール 朝日新聞社 和エンタテインメント ワンダーストラック イオンエンターテイメント はやぶさキャピタル)

2020年/日本/日本語/102分/英題:Love Mooning/HD/カラー/Vista/5.1ch/

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