『スパイの妻』等の脚本を手がけた野原位監督の劇場デビュー作『三度目の、正直』。美しいジャズ・ピアノの響きにも耳を傾けたい

 人間の一生を春夏秋冬に分けるとしたら、この作品はとくに「夏」、いや「晩夏」以降にさしかかった世代、ある程度人生を送ってきて辛さしんどさ切なさを体感してしまったひとたちに、より強く訴える作品ではないか。そんな印象を受けた。

 川村りら(第68回ロカルノ国際映画祭最優秀女優賞受賞のひとり)演じる「月島春」は、パートナーの宗一朗の連れ子「蘭」を心の底からかわいがっていた。が、「蘭」は海外に留学してしまう。心の隙間が埋まらない日々を過ごしていた頃、「春」はある青年と出会う。その青年は記憶をなくしていた。私の手で育てたい、というエゴが「春」の中に頭をもたげる。自分は過去に流産を経験している。実の子はいない。その青年を神からの贈り物なのではないか? やさしさたっぷりに「春」は、その青年を迎え入れる。

 観終わった後、自分はしばし考えた。「愛」と「調教」の線引きはどこにあるのか、「親切」と「エゴ」はどのくらい重なり合うものなのか、心のありかとは……。こうして一本の映画であれこれ内省できるのは、自分がもう若くないためかもしれない。昭和に人格が形成された、しばらく映画館に足を運んでないひとにも観てほしい作品である。

 これが劇場デビュー作となる野原位監督は黒沢清監督『スパイの妻』、濱口竜介監督『ハッピーアワー』などの共同脚本を担当したことがある。そして川村りらは、主演だけではなく脚本も担当している。ベテラン・ジャズ・ピアニスト、関根敏行の演奏にも注目したい。1月22日からシアター・イメージフォーラムほか全国公開。

映画『三度目の、正直』

2022年1月22日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

監督・脚本・編集:野原位
共同脚本・主演:川村りら
宣伝・配給:ブライトホース・フィルム
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