老人ホームを脱走した男は、伝説のヘアメイクドレッサーだった。名優ウド・キアー主演作『スワンソング』

 実在したヘアメイクドレッサー、パトリック・ピッツェンバーガーにまつわる物語が映画化された。

 物語の舞台は、オハイオ州サンダスキー。調べてみたらここはトレド(革命的ピアニスト、アート・テイタムの出身地としてジャズ・ファンにはつとに知られる)と、大都市クリーブランドの間に位置していて、エリー湖にも近い。

 パトリックはこの町で、確かに一時期、栄華を極めた。彼が経営するサロンは流行りに流行り、“ミスター・パット”として親しまれる人気者に。従業員は次々と独立し、店を構えたが、それは“丹精込めて育てた次世代と、自分が同じ土俵で戦う”ということを意味する。心の支えである彼氏も失い、パトリックは急速に過去の人となっていく。

 だが、パトリックを心にとどめているひともいた。町きっての大金持ちであるリタが亡くなる際、「パトリックに死化粧をほどこしてほしい」と言い遺したのだ。昔の血が騒いだのか、パトリックは俄然、生き生きしてくる。繁華街の広い道路を闊歩する彼の颯爽とした姿は、つい先ほどまで老人ホームでうつろな目をしていた男と同一人物とは思えない。昔の仲間や友人に次々と会い、おしゃれに着替え、自分が設営に協力したゲイクラブを久しぶりに訪れて、思い通りに髪がまとまらずふてくされている初対面のドラァグクイーンを見事にヘアセットしていく彼の身振り手振り顔つきは、まさに水を得た魚のようだ。

 パトリック役は名優ウド・キアーが担当。いかにも世を捨てた老人という感じの苦み走った顔つきから一転、少女のように華麗なステップ、ハートマークが画面から飛び出してきそうなときめきの表情まで、いろんなパトリックの姿が彼を通じて立ちあがる。今でもLGBTに関する偏見がやむことはないが、パトリックの生きていた当時、しかも大都会ではない場所でそれを貫くのはとんでもない苦難だったはずだ。

 メリサ・マンチェスター、ジュディ・ガーランド、シャーリー・バッシー、ダスティ・スプリングフィールドなど歌姫の名曲が使われていることにも注目したい。監督はトッド・スティーブンス、8月26日から全国公開。

映画『スワンソング』

8月26日(金)より、シネスイッチ銀座、シネマート新宿、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

出演:ウド・キアー、ジェニファー・クーリッジ、マイケル・ユーリー、リンダ・エヴァンス
監督:トッド・スティーブンス
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
2021年 / アメリカ / 英語 / 105分 / カラー / ビスタ / 5.1ch
原題:SWAN SONG 日本語字幕:小泉真祐
(C)2021 Swan Song Film LLC

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