第25回上海国際映画祭3冠受賞。人との関わり方に苦しみ、模索する姿がたまらなくリアルな一作『658km、陽子の旅』

 「陽子」という42歳の女性が、亡くなった父親の出棺に間に合うよう、ヒッチハイクで東京から青森県弘前市まで向かう。

 この筋書きを思いついただけでアイデア賞ものだろう。こんなに交通事情が発達している世の中なのに、なぜヒッチハイクなのか。彼女には友達や仲間と呼べるひとたちはいるのだろうか。そのあたりの事情についても実に丁寧に描かれていて、「ああ、それはそうなるわけだ」と、ストンと腑に落ちる。さらに20数年間続いていた父親との断絶についても、しっかりストーリーテリングされている。隙のない脚本であり、いろんな伏線が淡々と収束されていく図は、じつに美しい。

 「陽子」を演じるのは『バベル』でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、その後も『パシフィック・リム』シリーズ等に登場する菊地凛子。彼女が「ささやき」から「叫び」まで、発声のグラデ―ションを巧みに使って、思いっきりドメスティックな女性像を演じるところに、私はキャスティングの妙をも感じた。ほか黒沢あすか、見上愛、浜野謙太、吉澤健、風吹ジュンといった面々も、一筋縄ではいかない役柄で登場。それでいて、まったく「オールスター映画」のにおいがしないのも、むしろ味わい深い。加えて私は、「オダギリジョーを、ああいうふうな役どころに持ってくるとは」、と、驚かされた。

 映画監督のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥは「彼女(陽子)が過去と対峙する姿に、悲しく胸を締め付けられた」とのコメントを寄せたが、年を取れば人間、どこかで過去と対峙せざるを得なくなる。陽子にとってそれは苦しみだったかもしれないが、それを乗り越えた先に光があるということも、彼女はしっかりわかっていた。そう伝わってくる内容である。

 監督は熊切和嘉。フリー・ジャズ・ギタリストとして知られるジム・オルークが音楽を担当、抽象的な音の群れが美しい。

映画『658km、陽子の旅』

7月28日(金)ユーロスペース、テアトル新宿 他全国順次公開

監督:熊切和嘉 原案&共同脚本 室井孝介 共同脚本:浪子想 音楽:ジム・オルーク
出演:菊地凛子 / 竹原ピストル 黒沢あすか 見上愛 浜野謙太 / 仁村紗和 篠原篤 吉澤健 風吹ジュン / オダギリジョー
製作:『658㎞、陽子の旅』製作委員会(カルチュア・エンタテインメント、オフィス・シロウズ、プロジェクトドーン) 製作幹事:カルチュア・エンタテインメント 制作プロダクション:オフィス・シロウズ 配給・宣伝:カルチュア・パブリッシャーズ 宣伝協力:DROP.
(C)2022「658km、陽子の旅」製作委員会

公式サイト
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