ニューヨークの厨房は「世界の縮図」だった。名作戯曲を、圧巻のノーカット長時間収録も含みながら映画化。『ラ・コシーナ/厨房』

 ニューヨークの、およそ半ブロックほどはありそうな規模を持つ大型レストラン「ザ・グリル」を舞台にした物語。定冠詞“ザ”には「ほかのものとは違う(ほかと比べてくれるな)」というようなニュアンスがあるはずだから、経営陣も、働く者も、相当な気概と覚悟を持っていてもおかしくはない。原作はイギリスの劇作家アーノルド・ウェスカーによる1950年代の戯曲「調理場」だそうだが、この映画では先に触れたようにニューヨークに舞台を移している。SNSやスマホは姿も形もないので、時代背景は、「新しめに設定されていたとしても結構昔」だ。さらに基本的にモノクロ映像である。店内は繁盛していて、広くて清潔、料理の盛り付けも美しいが、調理場は修羅場だ。そしておそらく、国際色豊かなラインナップで構成された調理人たちは、このレストランに客として定期的に足を運び、コースを頼み、チップを払うに足る給与を得ていない。

 ある日、店から大金が消えた。「誰かが盗んだのではないか」と思うのはあるていど力のある人間(もっと力のある人間は現場にはいない)、疑いの対象となるのは力の微弱な人間、この場合は厨房にいるひとたちだ。「この店のレベルに足る料理を作るのであれば人種も国籍も関係ない」とばかりに雇われたのだろうが、カネが消えた、などネガティヴな事柄となると白い目で見られるのは移民だったり有色人種だったりする。しかもこの厨房にはそれぞれ異なるルーツを持つ移民がいるのだ。もっともこの映画は「犯人捜し」のような単純なものではなく、「情念が渦を巻く」と書かずにはいられない世界がどんより2時間以上続く。

 とある(たぶん不用意に放たれた)ひとことから料理人の「怨」に火が付くラストシーンには、心底唖然とさせられた。まさに、全身全霊をかけた怒りであり、抗議だ。人間、ここまで怒れるのだ。人間の尊厳はここまでしてでも守るものなのだと、教わった気がした。ノーカットによる長時間収録が、またリアリティを際立たせる。

 監督はメキシコ出身のアロンソ・ルイスパラシオス。出演はラウル・ブリオネス、ルーニー・マーラ等。いまのUSAにおける「メキシコ系」のポジションを下調べしてからスクリーンに向かえば、現在と、この白黒映画が描く世界が、よりくっきりと連結することだろう。

映画『ラ・コシーナ/厨房』

6月13日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国公開

監督・脚本:アロンソ・ルイスパラシオス
出演:ラウル・ブリオネス、ルーニー・マーラ
原作:アーノルド・ウェスカー
2024年|139分|モノクロ|スタンダード(一部ビスタ)|アメリカ・メキシコ|英語、スペイン語|5.1ch|G|原題:La Cocina |字幕翻訳:橋本裕充|配給:SUNDAE
(C) COPYRIGHT ZONA CERO CINE 2023

公式サイト
https://sundae-films.com/la-cocina/