許せないことに立ち上がった人々の雄姿。ヴェネツィア国際映画祭最高賞(金獅子賞)受賞作品『美と殺戮のすべて』

 なんとも想像力をかきたてられるタイトルだが、視聴時間が進むにつれて、「ああなるほど」と合点がいく。物語の軸となるのは、ニューヨークのゲイカルチャーやパンク~ニュー・ウェイヴ・シーンともかかわりを持つ写真家のナン・ゴールディン。もうひとつの軸は、「オピオイド鎮痛薬」の一種であり、全米で50万人以上が死亡する原因になったとされる「オキシコンチン」。オピオイドという命名なのだからオピウム=アヘンとの関係もあるのだろうが、この「麻薬」は合法的に、けっこう長い間、実に巧妙な方法でアメリカの庶民に処方されてきた。

 ナンと「オキシコンチン」がどのように結びついたかが、ナン自身のアーティスト・キャリアの振り返りと共に、実に興味深く描かれてゆく。そして、自ら命を絶った姉の存在と、あまりにもその姉に無理解だった母親のことが、心の中に渦巻いていることも……。先鋭的なアート・シーンに身を投じ、明日が来ることなど信じないかのように刹那に生きたのはいいものの、当時、共に時間を過ごした面々のほとんどは天命を待たずに生命を閉じた。「生き残ってしまった者の悲哀」がナンをアンチ「麻薬」に向かわせた、とは考えすぎだろうか。

 「オキシコンチン」を推進し、富を得たのが製薬会社を営む大富豪「サックラー・ファミリー」。中心人物は美術品の収集家であり、そのコレクションは数々の美術館に展示されている。メトロポリタン美術館には、その名も「サックラー・ウィング」というコーナーがある。私も訪ね、「なんと雄大なコレクションなのだろう」と感服したものだが、その「サックラー」が一方で、芸術のゲではなく下劣のゲというしかないことをしていたとは不勉強にして初めて知った。芸術に携わる者として、ナンは黙っていられなかったのだろう。そして彼女(だけではないが)の声が、徐々に世論を動かしてゆく。監督・製作ローラ・ポイトラス。

映画『美と殺戮のすべて』

3月29日からロードショー
配給:クロックワークス
(C)2022 PARTICIPANT FILM LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

公式サイト
https://klockworx-v.com/atbatb/